2007年08月10日

第2話 ■冷嘲の雨■

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「お願いだから、僕に姉さんが持っている二枚の四神四神しじん四神のカードを渡して」
 少年の藍色の瞳が、衰弱している声が、目の前で蹲っている長い黒髪の女性に痛々しく当てられる。
飛燕飛燕ひえん飛燕……貴方、父様父様とうさま父様母様母様かあさま母様だけならず、一族の皆まで……何故、こんなことをした、の!?」
 満身創痍の状態で脇腹を押さえながら、飛燕と呼ばれた少年を何とか見上げた。

 それは、あまりにも突然の事だった。

 普段は自分より力が無いはずの弟が、ましてや両親よりも遥かに未熟であったはずの弟が、いきなり両親を瞬殺し、そして自分の集落内にいる一族の者全てを、老若男女問わず皆殺しにしていった――姉である自分を除いて。
 飛燕はこの時を狙ってずっと力を蓄え、抑えてきたのだろうか。そうすることによって今までの力量とのギャップを見せ付けることで他の者の不意をつくこともできるが、それまでに受けてきた傷は小さなモノではないのであろうに。
「復讐だよ。今まで僕に冷たい仕向けをしてきた事への、そしてそれを定めたこの世への、ね」
 今まで飛燕が受けてきた仕打ちが、脳裏に流れる。飛燕に比べて自分は両親からだけでなく周りからも、非常に優遇されて育ってきた。それを改めて考え直すと、凄く胸が痛む。
「代々僕達七藤家の先祖が守ってきた、境界の扉の結界と封印を解いて魔人の力を解放して僕のモノにして、僕と姉さん以外の存在を全て抹消するんだ!」
 四神――天の四方を司る神で、北の玄武、南の朱雀、西の白虎、東の青龍を指す。その内の二つ、玄武と青龍は父を亡き者にした際に奪い取った。
 弱っている飛燕の声の中に、僅かな力強さが垣間見える。
「唯一笑顔でいてくれた姉さんだけは……これからも僕の傍にいて欲しい。傍で、ずっと笑っていて欲しいんだ!」
 一呼吸置いて、飛燕の表情が急に緩まった。
「だから、僕に協力して。これ以上、姉さんを傷つけたくないんだ」
 飛燕は親に甘える幼い子供のように、姉の身体に抱きついた。姉は自分を求める可愛い弟が愛おしくて、優しく包み込むように抱き締める。
 身体が触れ合って伝わってくる姉の匂い、温もり、柔らかさが、弟の飛燕にとってはたまらない快楽だった。
「ごめんなさいね。私の力不足のせいで、貴方に辛い思いばかりをさせてしまって」
「姉さんは悪くないよ。ごめんね、こんなに傷つけちゃって。痛かった、よ、ね……」
 姉の腕の中で安心し切ったのか、緊張の糸が切れたように飛燕は気を失った。
 ……無理も無い。一族の者達はそこそこ強く、誰だって自分が殺されるということに抵抗しないはずがない。特に両親は一族の中でも最高の強さだったので、瞬殺するのにかなりの力を必要とした。
 自分の胸の中で穏やかな寝息を立てて眠る弟の寝顔を見て一瞬だけ笑みを浮かべるや否や、弟の身体をそっと床に寝かせ、いつも身に着けているお気に入りの――無論、今も――銀の小さな首飾りを弟の首にかけた。
(飛燕がやろうとしていることは、この世が始まってから現代、そしてこれからも築かれていくことわりの壊滅。それはこの世の終わりを意味する……。例え、どんな理由があろうとも、それは
 決してやってはならない行為……)
 女性は身体中に痛みが走るのに耐えながら、部屋にの隅に掛かっているハンガーから、黒いロングコートを引きずり取った。
(四神のカードが揃わない限り、飛燕に境界の扉を開くことは出来ない)
 コートを羽織ると、眠っている弟の身体を繊細なガラス細工でも扱うかのようにそっと自分のベッドに寝かせる。抱き上げるほどの腕力と気力が今の彼女には無いので、体全身を使って弟の身体を支えた。
(だから今は、私がここにいてはいけない)
 姉は弟を一人残して、自分の生まれ育った、現在では非常に珍しい寝殿造りの家を後にした。

 外は、まるで自分の目の前で起こった出来事を洗い流さんとしているかのような、激しい土砂降りだった。
 女性は傘も刺さないで、頭から足までずぶ濡れになりながら道を駆ける。艶やかな長い黒髪と羽織っている黒いロングコートも、服も、ズボンも――身に着けている物は皆、雨に濡れて女性の身体にくっついていた。
(飛燕、ごめんなさい。私は、貴方の行動を阻止しなければならない。けれど……)
 大粒の雫が、傷ついた身体を激しく打ち付ける。
(今はそれを出来る程の力は無い)
 大粒の雫が、傷ついた身体に潤いという名の錘を乗せる。
(……私はどうすればいいのか、全く分からない)
 大粒の雫が、傷ついた身体から体温を奪う。

 ――私は……

 気がつけば、行く宛てなんて無いのに、後先考えずにただただ走っている自分がいた。



 ――光達が放課後決闘決闘デュエル決闘をしていた頃……
 コンコン、と軽く戸をノックする音に、スーツ姿の若い女性教師はノートパソコンの画面を見ながら「はい、どうぞ」と返事を返す。「失礼します」という女性の声と共に部屋に入ってくる彬良と葵が自分の目の前に近づいてきたのを横目で確認すると、教師はノートパソコンの画面を静かに閉じた。
「せっかくの楽しい時間に、わざわざ呼び出しちゃって悪いわね」
 “せっかくの楽しい時間”とは、いわゆる放課後決闘決闘デュエル決闘の事だ。生徒達が実に楽しそうにカードゲームをプレイしているのを見てきているので、教師によっては少し申し訳ない気分にもなる人もいる。教師の中にもデュエルモンスターズがたまらなく好きな人間もいるからだろう。
 女性教師はくるっとイスを半回転させ、新しく自分が担任となったクラスの生徒二人の方を向いた。
 ここは数学教師専用の職員室で広さは通常の職員室の三分の一ぐらいと言ったところか。部屋の奥の方にある棚には、数学の教科書を始め、参考書、各大学の赤本やら過去問題集が、どれも古いものから最新のものまでズラリと並べられている。
 因みに、この時間は他の数学の教師達は各々の会議で不在。今この部屋にいる教師は、彬良達と向かい合っている女性教師だけとなる。
「いえ、お構いなく。私は基本的にこの時間は他の人よりも先に部室に行っていますし、霧谷は
 既に帰っていますので」
 彬良が淡々と答えるのを見て葵は思わず、俺は早く帰りたかったのに! と彼女と教師に目線で訴えたが、どうやらその訴えは女性陣には届かなかったらしい。それに対して少年が小さなため息をついたのでさえ、この女性達は鮮やかにスルー。
「最近、何か嫌な予感がするのよ。周りで何か変なことが起こったりしていない?」
「いえ、特に何も……。ですが、陰陽師である貴女の“何か嫌な予感”はよく当たります。今後、
 少し周りに気をつけて見てみましょう」
(は?)
 彬良が淡々と話しているのを見て、葵は首をかしげた。何を言っているのかさっぱり分からない。
(それに、かなめ先生が陰陽師だなんて、どういうことだ? 私立の教師に副業なんてする暇無いはずだが……)
 考えれば考えるほど意味が分からなくなる一方なので、少年は瞬時に考慮中の状態だろうと頭の中から切り離し、聞かなかったことにすることで、一時的に問題を回避した。
「そう……話はこれだけよ。今日は来てくれて有難う」
(俺、別に呼ばれなくても良かったんじゃないか?)
 彬良が「では」と要に背中を向けると、葵も一緒に回れ右をしようと足を踏み出す前に、「霧谷君はちょっと待って」という要の声に止められた。
 葵が「何ですか?」と訊いても、要は「失礼しました」と言って退室した彬良の足音が完全に聞こえなくなるまで、決して口を利かなかった。
「……あの子、放っておくと無茶ばかりするのよ」
 やっと口を開いた要の表情は、少し深刻だった。
「それでね、貴方には彼女のストッパー役をお願いしたいのよ。私が常に傍にいてあげることが
 できればいいのだけれど……」
 仕事上そういう訳にも行かなくて、と付け加える。
 会話の内容は理解不能なので考えないとして、何で俺が……と葵は思ったが、それを口にする前に要が答えを出す。
「ストッパーは彼女と仲の良い人でなければ務まらない。よって、候補は必然的に岩切さん、綾
 波君……そして貴方、霧谷君の三人に絞られるのだけれど」
「はぁ……」
 女性教師は回転いすから立ち上がり、机の引き出しの中から鍵束を取り出す。
「岩切さんではダメなのよ。良い具合に宮木さんに言いくるめられる。そして綾波君は冷静さに欠ける」
 引き出しを閉めて、机を離れる。葵は自然と要の後に着いて行く。
「その点を考えると、貴方は非常に冷静だし、あの子に言いくるめられることもなかった。だから、貴方しかいない。貴方にしか務まらない」
 昨年一年間も数学の担当だったとはいえ、自分達の担任でもないのでずっと一緒にいたわけではなく、更にはまだ若くて教師になって間もないであろうというのに……一人一人を正確に見分けていた要に、葵は思わず感心した。
「要するに、それは俺にしか務まらないということは今のお話しを聞いて分りましたが、そのストッパーである俺は一体宮木に何をしてやればいいんですか?」
 要は部屋の出入り口で、一度立ち止まった。葵も思わず足を止める。
「とにかく、彬良さんが無茶をしないように見張って。無茶をしようとしたら、全力で彼女を止めて欲しいの」
 部屋の外に出ると葵も外に出るよう、目先だけで促す。
「それじゃ、私はこれから会議があるから。詳しいことは、また後日話すわ。今回の話だけじゃ、大変飼料不足でしょうから」
「そうですね。だからと言って今すぐ説明されても、かえって頭がパニックになりそうだ。先程の話から察して、何だか少なくとも俺には非現実的な話のような気がします」
 さようなら、と軽く挨拶して、葵は今度こそ回れ右をした。
(……非現実、ね。やはり、貴方を選んで正解だった。こんな話をしても、取り乱すことなく実に落ち着いている)
 これから帰路へ向かう少年の後姿を見て、要はクスッと笑った。
「さようなら、気をつけてね」


「ん……!?」
 広がっていく視界は、左右上下、壁の色は真っ白。長い艶やか黒髪を持つ女性はとりあえず、起き上がって周りを見渡してみる。どうやらベッドの上に眠っていたらしい。
 ベッドから降りてすぐ正面の位置にクローゼットが、その隣には全身を映す鏡が、ベッドのすぐ隣には学習机が、それぞれ置いてあった。学習机では、茶色いショートヘアの少女が眉間にしわを寄せ、デュエルモンスターズのカードを腕組みしながら眺めている。そしてベッドの棚では、落とされたであろうヒビの入った目覚まし時計が危なっかしそうに時を刻んでいく。目覚まし時計の隣には、ずぶ濡れの小さな自分のポーチが置いてあった。
 最後に自分の姿を見てみると、身体は布団に寝かせてあってかけ布団がかけられており、服装は着ていた筈の白いノースリーブのシャツ・ズボン・ベルト・黒のロングコートではなく、女性用の寝巻きらしい少し大きめのブカブカな白いTシャツと黒いジャージの長ズボンを履かされていた。
 満身創痍であったはずの身体に傷一つ残っていないのがかなり気になるところだが。
「ここは」
 何処? と言い終える前に、机の前でカードを触っていた少女が突然「目が覚めましたか?」と笑顔で近づいてきた。
「あ、はい……貴方は?」
「岩切光と言います。気軽に“光”って呼んでください♪」
(岩切……もしや、あの翠光の巫女、岩切京菜の……?)
 ハッとして光を見つめるが、それでも変わらない彼女の明るさにいつの間にか安心感を覚え、思わず笑みがこぼれてしまう。
「光さん、ですね。有難う御座います。私は七藤楓七藤楓ななふじかえで七藤楓と申します。宜しくお願いします」
(人違いかもしれないけれど……翠玉のような瞳に柔らかい茶色の髪……可能性は、無いとは言い切れない)
 わざわざご丁寧に、と光があたふたしている姿が可愛らしくて、眼を細める。
「そういえば、貴方はカードを広げていましたね。決闘決闘デュエル決闘の方はされるのですか?」
 楓はカードの山の前で腕を組んでいた光を思い出し、まだ濡れている自分のポーチから黒くて小さな箱を取り出した。それは間違いなく、デッキケース。
 そのデッキケースの状態からして、中身は全く濡れていないようだ。
「しますよ! もしよかったら、今から決闘決闘デュエル決闘しませんか? 晩御飯までまだ時間がありますし」
 光が嬉しそうにエメラルドの瞳を輝かせながら、机の上にのせたデッキを手に取る。
「そうですね。では、始めましょうか」
 楓はベッドをから降りると、すぐ近くに設置してある小さなテーブルの前に、反対側に座っている光と向き合う形で正座した。
 互いに相手のデッキを満遍無くカット・シャッフルして受け取り、デッキの一番上からカードを五枚引いて、扇子状に広げる。

決闘決闘デュエル決闘!!』

 ――今は、少し楽しむことに集中しよう。気持ちを整理する為にも


後書き(ネタバレあり)
【第1部−扉の守護者の最新記事】
posted by 日渡蓮香 at 02:51| 第1部−扉の守護者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月29日

第1話 ■正夢の出逢い■

 土砂降りの雨が、この亜桜市に大量の潤いを注ぎ込む。打ち付けられる音があまりにも大きいので、周りの音がほぼかき消されてしまう程の強い雨だったが、春のこの時期の雨なのでそこまで冷たくはない。
 だが、折角咲いた桜の花もあまりの雨の強さに耐えられず、儚く散っていく。
「あーもうっ! 何で今日に限って傘忘れちゃうかなぁ、私のバカッ!」 
 サラリーマンのようにカバンを頭上に掲げて頭を守りながら、制服姿の部活帰りである少女は、いつもの帰宅路をがむしゃらに走る。それでも、降り注ぐ雨によって頭上は守れていても顔から下はずぶ濡れだった。特に革靴や靴下は水溜りをお構いナシに弾き回っているので、濡れている上に泥で酷く汚れている。
(下着までびしょ濡れだしなぁ〜。帰ったら、速攻でシャワーだっ!)
 家のすぐ近くの曲がり角を曲がって、一直線に突っ走る。足を一歩踏み出す度に、我が家が段々近くなっていく。
 やっとシャワーにありつける――と少女が安堵の息を漏らした瞬間、視界にいつもは無いはずのモノが入ってきた。
 腰に余裕で届く長い艶やか黒髪を持ち、黒いロングコートを羽織った女性が家の前でうつ伏せで横たわっていたのである。
「綺麗なひと……」
 少女はその女性の美しさに、思わず眼を奪われていた……。



 ――ピピピピピピピピピピ……

 霞んでいく周りの風景、音、冷たさ、春の生暖かさ、それから倒れていた女性の姿。
 突如耳に入ってきた音は、強引に夢の中の世界にいる少女を現実世界に引き戻していく。

 ――ピピピピピピピピピピ……

「あーっ! うるさいっ! 黙れ! 人の安眠妨害道具の分際で!」
 少女の不機嫌な怒鳴り声と同時に、彼女の手が、持ち主を起こすべく鳴り続けている目覚まし時計を勢い良く上から叩き伏せる――と同時に、力の方向がズレたせいで、時計はベッドの棚から真っ逆さまに落ちていった。
 無論、その目覚まし時計は寝起きの悪い少女によって壊された。落ちた際に立った嫌な音をお土産に。
「あれが夢で良かったぁ〜。あんなにびしょ濡れになったら、次の日からどうやって学校に行けばいいんだか」
 少女は頭をかきながらベッドから身を起こし、布団を綺麗に整える。床に落ちていた枕も同時に拾い上げ、いつものところにセット。そしていつもの通りにベッドから降りてすぐ正面のクローゼットの隣にある、全身を映す鏡の前に立った。
 鏡には、まだちょっと眠そうな少女が映し出された。ショートの茶色髪に、輝くエメラルドのような綺麗な瞳、そして今着ている淡い黄色のパジャマ姿。此処まではいつもどおりなのだが、今日は珍しく髪型が物凄いことになっていた。例えるなら、頭に雀の巣が一個……といったところか。
「うわっ! 寝癖ヒドっ!! こりゃ朝シャン決定かな」
 とてもじゃないが、誰にも見られたくない自分がそこにはあった。
 そして、少女はあることに気づく。鏡の端の方に、針の止まった時計が映っていることに。
「って、あああああ――っ!! 目覚まし時計、壊れてるぅ〜!!」
 少女は慌てて壊れた目覚まし時計を回収した。

 いつもと変わらない少女――岩切光岩切光いわきりひかる岩切光の朝、一日の始まり。
 只、そんな中でいつもと違うのは、昨日で春休みが終わったこと、今日から高校二年生になること、もうすぐ後輩が入ってくること、そして……目覚まし時計が壊れたことだった(笑)。

 シャワーを浴び終えた光はドライヤーで髪を乾かして制服に着替え、左側の前髪を寄せてヘアピンで止めると、朝の食卓に着いた。
 光の通う亜桜学園高等学校の制服は、男女共通の紺のブレザーに紺のネクタイと革靴、そして女子は紺のスカートに黒い膝下までのハイソックス、男子は紺のズボンに白い靴下となっている。ブレザーの胸ポケットのところに桜の花びらの刺繍がしてあるが、コレは亜桜高のシンボルマークである。
「おはよう、光。今日は朝からシャワー浴びたのね。って事は寝癖が酷かったんでしょ?」
 光の母――岩切美琴岩切美琴いわきりみこと岩切美琴は家族三人分の味噌汁茶碗に味噌汁をぎ終わると、既に注ぎ終わっていたご飯と一緒にお盆に載せて運ぶ。
「まぁね」
 食卓で新聞を広げている父――岩切尚人岩切尚人いわきりなおひと岩切尚人をよそに、光がテーブルの椅子を引いて座ると同時に、食卓に朝ごはんのご飯と味噌汁が並んだ。味噌汁の具は豆腐とワカメだけといういたってシンプルだが、コレだけで十分美味しい。他には何もいらない、というのが岩切家の好みだ。
 今日は光の大好きな納豆もセットである。
「いっただきま〜す♪」
 光はまず納豆に手を伸ばした。蓋を開け、ビニールを取って、付属のタレをかけてかき混ぜる。
 尚人は広げていた新聞を折りたたみ、箸を手にとって朝食をとり始めた。因みに尚人は、納豆が嫌いである。
 美琴も光の隣に座ってお箸を握ったが、何かを思い出した顔をして、ふと手を止める。
「あ、そういえば、さっき二階から凄い音がしたんだけど、どうしたの?」
 母の台詞に、思わず光は内心で驚いた。何故ならば――
(目覚まし時計を壊したことは隠し通さなくっちゃ。もしバレちゃったら……間違いなく殺される!)
 ――と、いうワケだからである。
「あ、あれね。私がベッドから転げ落ちたの。それだけ!」
「ふーん、そう。ソレにしては音がなんか……ま、いっか」
(部活が終わったら、同じ目覚まし時計を買っとかなくちゃね)
 朝食は何事も無く、いつも通りに終わった。

 岩切家は先祖代々“亜桜神社”という小さな神社を引き継いでいる。光の母親である美琴は巫女で、父親の尚人は美琴の婿。光はその一人娘だ。
 更には、岩切家は長女が神社を引き継がなくてはならず、結婚は必ずして、且つ、婿をもらわなければならないという掟がある。もし娘が生まれなかったら……という疑問もあるが、前例が未だ無いためそのことに関しては一切不明だった。
 因みに、光はまだコレを知らない。長女、或いは長男が成人を迎えたときに巫女、又は神主から聞かされるのだ。
 亜桜神社では巫女が神主の役割も担う為、神主はいない。


「やった! 新しいデッキ完成!」

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 朝食後の光は洗面台で歯磨き・洗顔を終えると、家を出る時間まで余裕があるのでその時間までテレビから漏れてくる声や音を聞いたり、音楽を聴いたり、読書したり、デュエルモンスターズというカードゲームのコンボを考えたりデッキを組んだり、とにかく自由に過ごす。因みにデュエルモンスターズというのは、昔から根強い人気を誇ってきたカードゲームだ。老若男女を問わず、プレイヤーは多い。
 光もそのプレイヤーの一人だ。学校の休み時間や放課後を利用してやったり、友達と遊びに行った時にやったり……、最近では決闘盤決闘盤デュエル・ディスク決闘盤というものが開発され、広いスペースさえあれば何処でも出来るようになった。
 今から数年前、決闘盤決闘盤デュエル・ディスク決闘盤を開発した某会社は、心から決闘決闘デュエル決闘を楽しんで欲しいという願いを込めて、亜桜市の小学生以上高校生以下の少年少女に無料で一人一台の決闘盤決闘盤デュエル・ディスク決闘盤を配った。あれだけ大量に無料で配布しておきながらよくもまぁ、破産しなかったものである。その会社が大きかっただけに、今まで得た利益で何とかなったのだろうが。
 その決闘盤決闘盤デュエル・ディスク決闘盤の値段は一台八万五千円。確かに普通の少年少女では手が出せない値段だ。
 言うまでも無く、光も配布対象者であったので持っている。
「あ、そろそろ時間だ」
 腕時計をはめるついでに時間を確認。今し方完成したばかりの新しいデッキをプラスチック製のケースに収めてカバンに突っ込み、「行ってきます」の言葉を置いて我が家を後にした。
 光は家を出てすぐ近くの神社に向かった。何時もこの時間に幼い頃からの付き合いである親友と待ち合わせをしているのだ。
 着いてみると、光と同じ制服を着た少女――宮木彬良宮木彬良みやぎあきら宮木彬良が立っていた。身長は光よりも高めで少し赤めの茶髪のポニーテル、燃えるような紅蓮の瞳が印象的だ。
 その存在は洗練された雰囲気を放っており、力強さを感じさせる。
「おはよう、光」
 部活は光が卓球部で、彬良は剣道部。腕は超一流で剣道部の部員は愚か、顧問の先生ですら本気を出しても彼女には勝つことが出来ない程。有段者ではないのだが、噂では四段から五段ぐらいの腕前なのだそうだ。
 ついでに言うと彬良は、本人からレギュラーを降りる上に部活にもあまり出席しない為、大会には出たことが無い。部内では目立たず、あくまで誰にも邪魔をされずに己を磨きたいだけのよう。
 かのような噂が流れている時点で十分目立っているはずなのだが。
「おはよう、彬良。相変わらず早いね」
「いや、私も今来たところだ」
「そう? あ、今年も同じクラスになれたらいいね!」
「ああ、そうだな」
 何気ない会話を交わし終えた後、二人の少女はいつもの通りに歩き出した。

 始業式の後、誰もが楽しみにしていたであろう新しいクラスの発表が、教師達によって行われた。新クラスがよかった人もいれば悪かった人もいる。そんな生徒達の声が混ざり合って、賑やかな空気を作った。
 その中で光は……
「やったよ、彬良! 私達同じクラスだね!」
「ああ」
 彬良と喜びをかみ締めていたところに、蒼い髪の元気そうな少年と黒髪のクールな少年の二人組みが割り込んだ。二人とも中学生の頃は三年間光達と同じクラスだったのだが、高校生になってからはクラスがバラバラだった。光と彬良は一緒だったが。
 蒼い髪の少年――藤波智稀亘波智稀かんなみともき藤波智稀は中学生の頃はサッカー部に所属していたが、高校生になってからはダルイという理由で部活はやっていない。
 黒い髪の少年――霧谷葵霧谷葵きりたにあおい霧谷葵も中学生の頃はバスケをやっていたのだが智稀と同様の理由で高校生になってからは部活をやっていない。
「お前等と同じクラスになるのも久しぶりだな」
 智稀が嬉しそうに口を開いた。光も嬉しそうに頷いてそれに答える。
「どうやら、光達のクラスの委員長だった皆川瞬皆川瞬みながわしゅん皆川瞬も同じクラスのようだ」
 今度は葵が口を開いた。光達一同は葵の視線をたどる。自分達のクラスのところに眼鏡の少年がいた。
(よし、今日こそ絶対に皆川に決闘決闘デュエル決闘で勝つッ!)
 光の強気の視線に気づいたのか、瞬もこちらを向いて笑みを浮かべた。

 ――放課後

 空はまだ明るい。今日は始業式だったので、お昼で授業が終わったのだ。
 部活が始まる前のちょっとした時間を使って、大半の生徒達はデュエルモンスターズをやっている。ユニフォームに着替えるのはその後だ。
 光達の教室・2年3組でも、ちょうど、机を二つくっつけて通称・放課後決闘決闘デュエル決闘が行われていた。


光 LP:2000 手札:2
《フィールド》
 聖女ジャンヌ(表側攻撃表示)、デュミナス・ヴァルキリア(表側攻撃表示)


瞬 LP:400 手札:2
《フィールド》
 なし


聖女ジャンヌ
攻撃力:2800 守備力:2000 光属性 ☆7
【天使族・融合】
「慈悲深き修道女」+「駄天使マリー」


デュミナス・ヴァルキリア
攻撃力:1800 守備力:1050 光属性 ☆4
【天使族】
勇敢なる光の天使。その強い正義感ゆえ、負けるとわかっている悪との戦いでも決して逃げない。


状況:光のメインフェイズ2


「ターンエンド」
 瞬の切り札であろうモンスターも光の切り札であるジャンヌが倒した。更には、ヴァルキリアの直接攻撃で大幅にライフポイントを削った。
 誰が見ても、圧倒的に光が有利だった――が、
「俺のターン。今引き当てた『疾風の暗黒騎士ガイア』をコストに、手札から『ライトニング・ボルテックス』を発動!」


疾風の暗黒騎士ガイア
攻撃力:2300 守備力:2100 闇属性 ☆7
【戦士族・効果】
手札がこのカード1枚だけの場合、このカードを表側攻撃表示で生け贄なしで召喚できる。この召喚は通常召喚扱いとする。


ライトニング・ボルテックス 通常魔法
手札を1枚捨てる。相手フィールド上に表側表示で存在するモンスターを全て破壊する。


「えっ!? そんなぁ……」
 一掃される光のモンスター。切り札であるジャンヌも、なす術無しにフィールドから消え去ることになる。光は渋々自分の場に出していた二枚のモンスターを、デッキの上の墓地ゾーンに置いた。
「そして、『魔導ギガサイバー』を攻撃表示で特殊召喚し――」


魔導ギガサイバー
攻撃力:2200 守備力:1200 闇属性 ☆6
【戦士族・効果】
自分のフィールド上モンスターが相手より2体以上少ない場合、このカードは生け贄なしで召喚できる。


 瞬の手札の最後の一枚が、フィールドに置かれる。全身黄金の鎧を纏った闇の戦士が描かれているカードだった。
「――プレイヤーに直接攻撃」
 ギガサイバーの攻撃力は2200。よってこの攻撃で光の残りライフポイントである2000から2200ポイント引かれて0になり、惜しくも敗退した。だが、あまりの接戦に周りで見ていた生徒達は両者に歓声を上げた。
「あともう少しだったのにぃ〜!」
「俺も、もう少しでやられるところだったよ。それよりも岩切、デッキを組み直したんだな。前よりも強くなっていて、正直焦ったよ」
 カードを回収しながら地団駄を踏む光に、優しい声と笑顔で己のライバルを見つめる。
 この二人は、互いをライバルだと思っている。光はあと一歩のところでいつも瞬には勝てない。しかしその瞬は、自分を此処まで追い込む上に楽しませてくれる決闘者決闘者デュエリスト決闘者である光に敬意の意すら見せていた。
「皆川にそう言われると嬉しいよ」
(けど、やっぱり悔しい!)
 回収し終えたカードをケースにしまい、机を戻して部活へ行く準備を整える。他の生徒達も、各々自分達のやる事をし始めた。
「次は勝つからね!」
「望むところだよ」
 それぞれ部活に行く生徒は部活へ、帰る生徒は学校の外へ向かった。瞬は「また明日な」と言い残して、教室を後にした。
「惜しかったな、光。俺だったら即やられてたと思うよ」
 その場にいた智稀が、光の肩に優しく手を置いた。光は、有難う、と微笑む。
「葵と彬良も見ればよかったのに、惜しかったぜ。始業式の日早々、担任の先公に借り出されるんだもんなぁ〜」
「こればっかりは仕方ないよ」
「だよな。……雨、降りそうだな」
「うん」
 何気ない会話を交わしながら光と智稀も、他の生徒達と同様に教室を後にした。


(コレじゃ、目覚まし時計は買いに行けないや。明日買いに行くとして、ケータイの目覚ましで何とかしよう)
 土砂降りの雨が、この亜桜市に大量の潤いを注ぎ込む。打ち付けられる音があまりにも大きいので、周りの音がほぼかき消されてしまう程の強い雨だったが、春のこの時期の雨なのでそこまで冷たくはない。
 だが、折角咲いた桜の花もあまりの雨の強さに耐えられず、儚く散っていく。
「あーもうっ! 何で今日に限って傘忘れちゃうかなぁ、私のバカッ!」 
 サラリーマンのようにカバンを頭上に掲げて頭を守りながら、制服姿の部活帰りである光は、いつもの帰宅路をがむしゃらに走る。それでも、降り注ぐ雨によって頭上は守れていても顔から下はずぶ濡れだった。特に革靴や靴下は水溜りをお構いナシに弾き回っているので、濡れている上に泥で酷く汚れている。
(下着までびしょ濡れだしなぁ〜。帰ったら、速攻でシャワーだっ!)
 家のすぐ近くの曲がり角を曲がって、一直線に突っ走る。足を一歩踏み出す度に、我が家が段々近くなっていく。そして、やっとシャワーにありつける――と安堵の息を漏らした瞬間、視界にいつもは無いはずのモノが入ってきた。
 腰に余裕で届く長い艶やか黒髪を持ち、黒いロングコートを羽織った女性が家の前でうつ伏せで横たわっていたのである。
「綺麗なひと……」
 光はその女性の美しさに、思わず眼を奪われていた――

「って、えええええ!? 今朝見た夢と全く同じジャン!?」

 光の叫びも、豪雨によってかき消された。


後書き(ネタバレあり)
posted by 日渡蓮香 at 02:55| 第1部−扉の守護者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月23日

第0話 ■作られる扉■

「ここまでね」
 空は暗雲に覆われ辺り一面は何も無い荒野に、穏やかだが凛とした女性の声がした。
 彼女はエメラルドのような綺麗な瞳を持ち、柔らかい茶色の長い髪を靡かせ、白い羽織に赤い袴――巫女服を纏い、後ろに僕である蒼き眼を持つ白龍を背後に従え、満身創痍の身体からだで、且つ、肩で息をしながらも堂々と構えている。
 女性の名を岩切京菜いわきりきょうなと言い、本来ならば結婚して巫女を引退していたのだが、今現在彼女と対峙している者によって、四年ぶりにその力を使うことになった。
 京菜の傍には、彼女の戦友であり愛人である夫の七藤斉昭ななふじなりあきが僕の紅き眼の黒龍を背後に従え、妻を支えている。彼は陰陽師で、京菜と結婚してからも引退することなくそれを続けてきた。
「フッ、貴様らのその傷だらけの身体で何ができようか? 本来ならば立っているだけで精一杯
 のはずであろうに」
 夫妻と対峙している人、否、魔人・ネイティラルも打ちのめされていながら落ち着いた態度と声を維持していた。
 彼は今立っている魔界という大地を支配し、今度は京菜達人間の暮らす地上をも支配しようとしていたが……地上界で暴れまわっていたところを京菜・斉昭夫婦に阻止されて自分がもといた魔界にまで追いつめられ、今に至る。
「確かに、私達に貴方を殺生できる力は残っていない。だからこうするの……斉昭、地上とこの
 魔界を繋ぐ異世界の空間を開いて」
「ああ」
 愛する者の声を受け止め、自らの気を錫杖に注ぎ込み、それを振るう。頭部についている数個の輪が綺麗な音を奏で、強く存在している臨場感を更に重く、色濃くしていった――が、突如掲げられたことによってそれは止み、同時に暗い円形の穴が出現。徐々に幅を広げていき、最終的には人一人を容易く飲み込めるぐらいの大きさになった。
 それを待っていましたと言わんばかりに、夫婦の僕がそれぞれあるじの前に出た。
青眼せいがん白龍はくりゅう! 滅びの威光!!」
真紅眼しんくがん黒龍こくりゅう! 黒炎弾!!」
 二体の龍が、口からそれぞれ青白い威光と赤黒い炎の弾をネイティラルめがけて吐き出した。
「ぐっ!?」
 魔人は二体の龍の攻撃を防ぐ術もなく、またかわす術も無いまままともにそれらを受け、勢いのままに後方、そして何処までも暗い円形の穴へと押し込まれていった。
 それを見届けた京菜は両手をかざし、眼を閉じて残る力を精一杯注いだ――刹那、異次元への門が黒くて頑丈そうな巨大な扉に変形し、その戸を開いた。同時に、地上の彼女達の家の中庭にも大きな扉が出現し、その扉も戸を開いた。
 京菜と斉昭はネイティラルを追って扉へ走り出す。その際に、主は僕、僕は主を見つめた。

 ――今まで私達に従ってくれて有難う。でも、もうお別れなの。

 ――心得ております、主よ。いつしか、必ずその時が来るであろうと察知しておりました。

 ――お前達は、お前達の世界のこの扉を守れ。……達者でな。

 ――御意。主方にも、これ以上の無き幸せを。


 彼等主従達の意志のやり取りは、まるでテレパシー。言葉は短いが、互いの思いは言わずとも各々にしっかりと伝わっていた。


「くっ! おのれぇ……人間如きが!」
 真っ暗闇の中、自分が受けた精神的と肉体的損傷にもがき苦しみながら叫ぶ。もはや、負け犬の遠吠えがフィットしている。
「終焉ね、ネイティラル……」
 静かに、だけどどこか力強さを感じさせる京菜の声が、斉昭の威厳が、ネイティラルを根深く射抜く。
 容赦なく攻め立てる京菜は懐から四枚の札を手に取り、扇子状に広げた。
四神しじん……青龍・白虎・朱雀・玄武、貴方達魔界と地上を繋ぐ亜空間への扉に、其方そなた達の力をも
 って大いなる結界を――」
 巫女の手中の札がいくつもの光の帯を放ち、眩しく光る。この、何処までも暗い異世界ですら目を開けていられない程明る過ぎる空間へと生まれ変わった。
「ぐっ……おのれぇ!」
 憎むあまりに、闇雲に魔人が放ったどす黒い三日月状の刃が――
「ッ……!?」
「京菜あああああああああっ!!」
 妻の身体を、容赦なく切り裂いた。夫は瀕死の妻の身体を抱えて、急ぎ地上への扉目掛けて駆け出す。結界が張り終わるまでに地上へと抜け出さないと、地の果てまで闇に覆われたこの異世界に取り残されてしまう。
 勢いよく噴き出る血は、夫をも真っ赤に染めていった。

 彼等は辛うじて四神の結界が張り終わる前に地上へ脱出することに成功したが、対する魔人は、力尽きたのか……その場でぐったりと大の字に倒れていた。


「私、は、もう、駄目……ね」
「何を言っている! 約束したではないか!! この戦いが終わったら、其方そなたの実家に預けているまだ幼い子供達を迎えに行って、家族四人で幸せに暮らそうと!」
 必死に訴える夫の目尻からは既に涙が溢れ、零れていた。妻はしなやかな手で優しくそれらを拭い、笑顔を作る。今となってはその笑顔も弱々しく、かえって夫の悲しみを誘うだけだった。
「斉昭……」
 残る最後の力を振り絞って夫を抱き寄せ、何か言いたげな夫の口を自分の口で塞ぐ。
「!?」
 いきなりの事で驚いたが、すぐに妻を受け入れ、包み込むように抱きしめる。
 最後に抱きしめた妻の身体は……とてもか弱くて、やるせなかった。


 愛する夫と我が子達を残して逝く、自分の不甲斐無さを噛締めて――


 愛する妻を失う、今にも信じ難い現実へのやり場の無い気持ちを募らせて――


 それでも己がやるべきことと、妻のやり残したことを受け継ぎ、やり遂げる誓いをのせて――


 そして……この扉が今後一切開くことの無き様、願って――





 ――1000年の時が、流れた……。




後書き(ネタバレあり)
posted by 日渡蓮香 at 01:16| 第1部−扉の守護者 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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